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大阪家庭裁判所 昭和41年(家)4943号 審判 1967年4月13日

申立人 寝屋川市右代表者市長 柏原真次

被相続人 亡峰山悟道(仮名)

右相続財産管理人 坂田俊道(仮名)

主文

被相続人亡峰山悟道の相続財産金一七一万六、〇五二円(昭和四二年三月二四日現在額)およびこれに対する引渡しまでの経過利息全部を寝屋川市に分与する。

理由

本件申立理由の要旨はつぎのとおりである。

被相続人亡峰山悟道は、相続人がいないところ、全文自筆の遺言書により、寝屋川市長柏原真次に対し、死後その遺産を、寝屋川市の老人救護費に使用して欲しい旨の意思を表明している。そこで、寝屋川市としては、亡悟道の遺志を体しこれを実現するため遺言書記載のとおり、同相続財産全部の分与を受けるべく、本件申立をした次第である。

よつて審案するに調査の結果によるとつぎの実情が認められる。

(一)  被相続人亡峰山悟道の経歴

被相続人亡峰山悟道は、明治三八年頃以来引きつづき寝屋川市(もと北河内郡○○村)に居住し、同市○○の○○寺住職として誠実に宗教活動に従事してきたが、昭和三九年一月三日に死亡した。

(二)  被相続人の遺志

亡悟道は、法定の相続人はもとより親しい親族縁者もいなかつたところから、死後の遺産の処理につき、寝屋川市長宛に「・・・・私の財産を寝屋川市老人救護費に使用願いたく・・・・」なる旨の遺言状と題する書面を書き残していた(なお、同遺言状には日附の記載がない)。

(三)  相続財産の管理状況

(イ)  悟道の死亡直後、上記書面を発見した○○寺檀家総代村山仙吉、町田為義らはその名宛人である寝屋川市長に連絡したが、同総代および寝屋川市関係当局者らは、該遺言状の効力ないし遺言執行の手続あるいは相続財産管理の手続などについて、法律上の知識を欠いていたため民法に定める手続をとることなく、死亡後直ちに悟道の遺産につき事実上の管理をはじめた。

(ロ)  ところで、○○寺は宗教法人真宗仏光寺派に属するところ、悟道死亡後、同寺責任役員である上記檀家総代らにおいては、仏光寺本山の指示もあつて檀家総会の決議にもとづく推せんなど所定の手続を経て門真市○○町○番の一一号仏光寺派の○○寺住職坂田俊道を、悟道に代る責任役員代務者(代務住職と通称する)に選任し、同三九年一月一六日にその旨の登記を完了した。同代務住職は、代務住職に選任される前から、仏光寺本山宗務総長の指導助言もあり、遺産管理については法定の手続をとるよう、上記檀家総代らに申し入れていたが、同総代らは、遺言が寝屋川市長にあててなされていることだし、また市長に連絡しその了解を得ている以上、遺産を任意に管理処分できるものと速断し、遺産の一部を処分し、○○寺の修理費に充てるなどして管理をつづけてきた。

(ハ)  しかし、その後坂田住職は、上記総代を通じ寝屋川市当局に、仏光寺本山の見解を伝え上記同旨の申し入れをつづけたし、また市当局においても同市顧問の佐々木弁護士らの法律上の助言を受けた結果、関係者らは事実上の管理をつづけることの適法でないことに気付き、かくて同四〇年一月九日寝屋川市長柏原真次が申立人となり、遺言書検認および相続財産管理人選任の各申立をした。当裁判所では、必要な事実調査を実施し、同年三月八日遺言書検認の手続を了えるとともに、悟道には相続人のないことが判明したので、関係者らの意向を聞いた上諸般の事情を考慮して、上記坂田俊道を適任と認め相続財産管理人に選任した。

同管理人は、選任前に引きつづき選任後においても、仏光寺本山、同顧問弁護士の指導助言のもとに、必要あれば経理士にも相談するなどして、悟道の遺産と○○寺の寺有財産との混同を生じないようによく留意し、一年余にわたり適切に該遺産の管理・清算をつづけ、同四〇年六月二四日相続債権等申出の公告をなし、さらに同管理人の申立によつて当裁判所は同四〇年一〇月二一日相続人捜索の公告をなし、同四一年四月二五日同公告期間は満了したが、相続人の申出はなかつた。

(四)  相続財産の現況

上記管理・清算の結果、遺産としては、管理人名義で○○銀行○○○支店に金一七一万六、〇五二円(昭和四一年三月二四日現在額、従つてこの外にその後の経過利息がある)が通知預金のかたちで保管されている外みるべきものはない。

(五)  相続財産管理人の報酬決定

坂田管理人からの民法第九五三条第二九条に基づく申立により、当庁昭和四一年(家)第七八六五号相続財産管理人の報酬付与事件において、同四二年三月一〇日、同管理人に対し、相続財産管理事務を長期にわたり適正に処理したこと、○○寺代務住職として同寺の維持に努力してきたこと、僧職としての社会的地位その他の事情を考慮し、その報酬として金三〇万円と定められた。

(六)  相続財産の処分に関する相続財産管理人、○○寺地区住民および寝屋川市の意見希望。

坂田管理人は、相続財産の処分については、故人の遺志を尊重し、寝屋川市に分与することに異存はないが、○○寺檀家総代地区住民の希望もあり、できれば寝屋川市において、分与を受けた財産を、○○寺地区住民の福祉のため○○寺所有敷地内に老人および児童らの福祉施設の建設に支出することを念願している。

なお、○○寺檀徒ほか○○地区住民ら一四名は、坂田代務住職とともに、当裁判所および寝屋川市長宛に、「故人の遺志を尊重しかつ縁故ある当寺の空地を活用して福祉施設を実現するため、遺産金額を○○寺へ交付願いたく」また「福祉施設設置の具体的条件については寝屋川市と○○寺との間で協議をつくしたい」旨の嘆願書を提出している。

また、寝屋川市としては、申立書に記載のように、特別縁故者として相続財産の分与を受けたときは、故人の遺言書記載の遺志を尊重し、かねて同市老人クラブ連合会から福祉会館等の社会施設建設の希望もあるので、そうした方面の資金に活用することを考えている。

さて上記認定の実情のほか、本件および別件当庁昭和四〇年(家)第五六号遺言書検認事件の経過において知り得た一切の事情によつて、本件申立につき審究する。

まず、叙上の遺言状と題する書面は日附を欠くため遺言としては無効とみるほかはないが、同書面および同書面につき調査した結果によると、被相続人が、死後遺産の処理につき、寝屋川市において公共的な老人福祉事業に活用されることを強く希望していたことは疑いをさしはさむ余地がない。つぎに、○○寺代務住職としての坂田俊道ほか同寺檀家・地区住民らは、相続財産の同寺への交付を希望する旨述べるが、その真意は、寝屋川市に分与されることに異存なく、ただ寝屋川市に分与された財産が○○寺地区住民の福祉のために支出されることを希望するものとみるのが相当である。なお、寝屋川市においては、上記認定のとおり、分与を受けた財産について、故人の遺志を尊重し老人福祉の用に役立たせることを企図している。

このようにみてくると、被相続人の遺志を考慮し、同人が善良な市民として長年居住し深い関係にあつた寝屋川市を特別縁故者と認め、同市に被相続人の遺産全部を分与するのが相当である。なお付言するに、当裁判所は、寝屋川市が分与を受けた財産を、故人の遺志に基づき老人福祉などの社会福祉事業のために運用するに当り、できれば○○寺地区住民の希望を適切に考慮(もつとも、叙上の地区住民らの希望をそのまま採択することは公の財産を宗教または公の支配に属しない慈善事業等のために支出ないし利用することを禁止した憲法第八九条との関係で問題があり、従つて、この希望の考慮については、寝屋川市が憲法、地方自治法その他関連法令の定めに従い、自主的に決定すべきものであることはいうまでもない)されるよう期待する。

以上の次第で本件申立を相当と認め主文のとおり審判する。

(家事審判官 西尾太郎)

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